細切れ道草・東高野街道(3) 石切-瓢箪山
2009年3月17日 その4と番外
【石切さん】
さて,かの有名な石切神社です。正しくは,石切剣箭(いしきりつるぎや)神社。いわきり・・・と読んだりするようですが,どうなのか分かりません。オフィシャルサイトは「いしきり・・・」でした。
より大きな地図で 東高野街道2 を表示
大阪では,「石切さん」で通ってしまいます。古くから「でんぼの神さん」として知られ,腫れ物などを治して下さる神様としても有名ですが,ちょっと体の具合が悪いとよくお参りしますね。
ご祭神は饒速日尊と可美真手命。
郷土史研究家・新藤治氏の講演によると(私は直接聞いてませんが・・・出所は※1),「いしきり」という言葉は,アイヌ語の「i・shi・kir(長い・足)」であって,すなわち,長髄彦(ナガスネヒコ)という意味になる。これは,長髄彦が,神武天皇ヤマト征服に逆らったため,逆賊(日本書紀)として扱われていて,この地の先住民は当地の大首長であり英雄であった長髄彦を正面切ってお祀りできないので,アイヌ語の音に漢字の石切を宛て,祭神とし復権を果たした,ということらしいです。それが石切祖霊殿=石切大神であると。しかし,石切大神は公式サイトにはありませんでした。地図では現在の石切霊園のあたりに祖霊殿というのがのっていました。アイヌ語での解釈は(※2)にも詳しいです。
さらに,新藤説によると,
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日下
クサ・・・船を着ける
カ・・・・・岸
生駒
イコ・・・猪,鹿
マ・・・・そこに居る
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※1:http://www.eva.hi-ho.ne.jp/tanabe/nagasunehiko.htm
※2:http://www.dai3gen.net/index_j.html
一方,南方語源で解釈する人もいるようです。井上夢間さんの夢間草廬「ポリネシア語で解く日本の地名・日本の古典・日本語の語源」(※3)によると,
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「石切剣箭(いはきりつるぎや)命神社の,「いわきり」は,マオリ語の「イ・ウアキ(またはハキ)・リ」,
i = beside;
uaki = launch, push endwise (haki = cast away);
ri = screen, protect),
で,(前に押し出されて)立っている(放り出されている)衝立(のような山)の傍ら
「つるぎや」は,「ツ・ルキ・イア」,
tu = stand, settle;
ruki = dark;
ia = indeed),
で,「実に暗いところに鎮座している(神)」の転訛と解します…」
さらに,日下「くさか」は,マオリ語の「ク・タカ」,
ku=silent;
taka=heap,be encircled
で,静かな高台(または音を立てずに包囲された場所)
「いこま」は,マオリ語の「イカ・ウマ」,
ika=warrior;
uma=bossom,chest
で,戦士の胸(のように直立している山)
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※3:http://www.iris.dti.ne.jp/~muken/
うーん,どちらも納得か。そもそも,南のほうから海流にのって 幾重にも流れ着いた連中がこの日本列島にたくさん住み着いていたのでしょう。
私としては,先住民のナガスネヒコを慕い敬う気持と苦節○年という 執念のこもった新藤説が気に入ってます。これに近い話はよくありまして,元々はニギハヤヒをお祀りしていたが,物部氏(守屋)が天皇の后(御食炊屋姫,後 の推古天皇)に田畑を差し出したことから,後に祭神が住吉四神になったけれども,本来はやっぱりニギハヤヒが祭神です,と由緒書きに書いてある神社もあり ますから。石切神社でも,公式サイトでもわかるように,ニギハヤヒとナガスネヒコの間に一線を引いているような感じですから,あからさまにナガスネコとい う訳にはいかんかったんでしょう。
ちょっと長居をしすぎましたが,お参りも一応しましたので, これにて退散。
ここは神社もさる事ながら,参道の店をブラブラして歩くのが吉です。どんなんかというと,探偵ナイトスクープ風のパラダイス!です。石切参道商店街のキャッチフレーズは「とっておきのひとときへ,夢の散策」です。皆さん!とっておきの時間に夢の散策をしてください。宣伝しておきます(※4)。しかし,今回はパス。
少しだけですが,門前から東高野街道までの参道にある占 いストリート。本当は近鉄石切駅からの参道のほうも見てください。こちら方面は,地下鉄が開通して新石切駅ができたせいか,店が増えた感じがします。「にいちゃん,みていって,よー当たるよ」という声を何度も受けましたが,こちとら,にーちゃんでもないし。
総評としては,昔の話はともかく,大阪のおばちゃん達が闊歩するえらく庶民的な門前町でありました。
※4:http://www.isikiri.com/image/map08.pdf
【足が・・・・】
さて出発,といいながらすぐそばの喫茶店で休憩です。足の調子が・・・。どうも靴が合わなくなってきているようで,最近同じところにマメができます。昼過ぎからおかしかったのですが,そうとう大きくなってきたようです。それ
に今日はかなり暑くなってきましたから。
ゆっくり休憩。車いすにのった相当高齢のおばあさん(お母さんだと思う)をつれて貴婦人然とした女性が入ってきました。みるからに大変そうです。石切さんのご加護がありますよ
うに。
気を取りなおして出発です。ここから真っ直ぐに瓢箪山に向かいます。
まもなく枚岡神社前の五叉路・箱殿を通過しました。このあたり,宝町とか,宝箱とか魅力的な名前が気を引きますが調べるのはまたの機会に。ここは奈良街道・暗峠越えですでに歩いているんですが,まだアップしてません。
枚岡神社の一の鳥居がみえてきました。このあたり,そのものずばり,鳥居町です。鳥居さんという家も多いようです。箱殿 がメインエントリでなくこちらが正門のようです。ここにも東高野街道の案内板がたっていました。
【瓢箪山】
ひたすら歩きます。途中にたて続けに大師堂がありました。街道筋はお屋敷がおおいですが,さすがにきれいに手入れしてあり,お花も新しい
です。
いきなり,「まいど1号」の文字が!東大阪で記念券を発行しているようです。1万円で1万1千円のお買い物ができる,アレです。東大阪の町工場の職人(のおやっさん)が中心となって民力で人工衛星を飛ばすのに成功したということです が,やはりちゃんとしたプロデューサがいたんですね。テレビでみま した。不況の世に格好の話題だったと思いますが,記念券は売れたのか?幟を見たら期限3月8日で,本日は3月17日なのでだいぶん過ぎてますが,まだ有効なのか?堂々と幟を立てているところをみると,あまり細かいことにこだわらずやっているのかも。その まわり には瓢箪。さすがの東高野街道案内板と道路改修記念碑もも影がうすいようでした。
ここから本日の終点,瓢箪山まで旧街道はアーケードの中を 通っていきます。府道のはずなのに,車を迂回させているようでした。
近鉄の駅のホームに「楠 正行公墓」の石柱がありました。へえー四條畷でなかったのか?
【永和・鴨高田神社】
番外ですが,永和でおりてJR東線に乗換えます。永和は3回目なんですが,駅の近くにある神社が気になっていました。行ってみると,鴨高田神社。ご祭神は速須佐之男命,大鴨積命,神功皇后,應神天皇の四柱です。この
あたり高井田の庄は石清水八幡宮領だったことから八幡宮ともいわれています。
大鴨積命は初めてですが,大和葛城を本拠に主に祭祀(祭典)を掌り,この地に居移した鴨氏の開祖といわれます。 拝殿西側には,樹齢約一千年といわれる楠(の跡)が残って
いました。
大きな神社でしたが,駅から少し離れるだけでひっそりとした
静かな神社でした。
(第3話おわり)
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