東海道ウォーク 箱根八里(1)
2008年6月25日(木) 東坂:箱根湯本-畑宿
2009年現在で,ルート間違い等はあるものの日本橋から掛川まで来ていますが,箱根越が残っていてつながっていません。どうも収まりが悪いので,このあたりで箱根越を終らせておきたいと思います。1日ですませたいので,日の長いこの季節を選んだ訳です。本来は季節の良い春~初夏,または秋に歩きたい訳ですが,とてもそんな余裕がありませんでした。東京で金曜夕方の仕事があるのをこれ幸いと,木曜日に設定しました。さいわいにも天気もまずまず。
しかし,今から考えるとどうしても不思議なんですが,前日のホテルをなぜか川崎にとっている?なんで小田原にしなかったのか?案の定,少々寝坊して,起きたら7:00でした。7:40頃の電車に乗って,箱根湯本着がたしか9:20分頃だったと思います。遅くとも8:30にはスタートしたかったんですが,もうあとのまつり。
【箱根湯本】
9:30頃,駅をスタートです。箱根路は以前,三枚橋から湯本ホテル別館まで来ていて,あの狭い道を車がビュンビュン通るのに閉口したので,今回は須雲川沿いをできるだけ詰めていき,最後に車道(723号)に登りたいと思います。
もう賑やかになっている駅前通りを過ぎて旭橋で河を渡りました。もう一つ手前の橋でも良かったんですが鉄橋が見えたので。橋の手前が,箱根登山鉄道がまだ小田原馬車鉄道だったころの終点らしいです。
旭橋は(昔は旭日橋)箱根で最初の吊り橋(1885(明治18)建設)だったそうですがすぐに掛け替えられたそうです。橋を渡ったところあたりは,箱根湯本の温泉発祥の地でもあり,源泉のあとがあるようです。一泊ぐらいしてじっくり見て回りたいところです。
早川沿い,特にどうということもない温泉街。人通りはすくなく裏口の感じです。途中,上を通っている旧東海道に登る道もありましたが,登る気がしないほど急坂。湯本ホテルの周辺は旧道を歩き漏らしているんですが。
道はいったん対岸に渡ってから,ホテル南風荘のところで再度,川を渡ります。ホテルの敷地の中を通って急坂をのぼると旧東海道の車道にでました。(10:00ころ)今日は平日のためかやや車は少ないようで,それが救いです。
淡々と旧東海道を登っていきます。途中カメラテスト。何かの花を撮りましたが,判読できないほどピンぼけでした。電池節約のため,カメラはあまり出さないようにします。
【女転坂】
須雲川の集落を通過(10:26),カーブを曲るとまもなく分岐
があり,女転坂の石碑がありました。女転は,「おんなころび」でなく,「おんなころし」と読むようです。のっけから恐そうな名前をつけたもんです。
ここから川沿いに旧道が始まるようです。遊歩道が作ってありましたが,川を渡るのに小さな板橋しかないようなので,川の様子もわからないので安全をみて車道を行きます。
カーブを曲ると派手な神社,あまりありがたみを感じないんですが,新しいところを見ると結構はやっているのでしょう。?
まもなく女転坂の立て札(10:38)。先程の道川沿いの道はこ
のあたりに登ってくるんでしょうか?それらしい道はなかったですが。
正一位稲荷大権現の,これまた派手な看板。神仏金剛宗
というようで,先程の派手な神社(箱根大天狗山神社)とおなじ経営のようですが,「稀に見る神仏金剛宗で主神天中坊大天狗の神、祭神・天聖稲荷大明神と祭仏・釈迦如来様のご尊体が御座し、多くの民人に神仏を尊び、先祖御仏達を敬う真の信仰の心根を開眼せよとの教祖の導きのもとに真の幸せが得られるよう、霊験あらたかな聖なる神の庭としてあがめられています」訳分からん。
【割石坂】
すぐに畑宿発電所の入口で,その反対側(右)に旧街道が
分かれますが,今は遊歩道になっています。割石坂の標石と看板があります。
ここの石畳は一部、江戸時代のものが残っているという。「これより江戸時代の石畳」という看板が立っていて,2箇所ほどありました。ちょっと見ただけでは,後からつくられたものと見分けがつきませんが,「いかにも石を 並 べたな」というほうが復元したもの,丸みを帯びた石が乱雑になっているのが江戸時代のものみたいです。
中間点あたりにある別の案内板によると,このあたりのものは大正時代に手を入れて,須雲川小学
校に通学できるようにしたものとか。畑宿あたりからの通学でしょうか?距離は
2kmちょっとなのでそう遠くはないし,坂道もそんなにキツくはないのだが,こんな寂しい道を通学したのか?
上側の出口(入口)のところに,接待茶屋の案内板がありました。写真は見事にピンぼけでした。手ぶ
れ補正がない機種なので暗いところではなかなか難しい。
11:00なので,ここで10分ほど休憩,第1回めの昼食です。こういう場合,昼食は何回かに分けて食べます,歩きながら食べることもある。山歩きの鉄則と思っています。
【大澤坂】
車道に合流してすぐ旧街道が分岐します。えっ!下るの?
せっかく登ったのに。 しかし,下りは短く,すぐに板橋で川を渡ります。支流なので水は少な
い。
これから大澤坂の登りですが,どうということもない歩きやすい(石畳さえなかったら)道です。しかし,石畳がないと道が全部流れてしまうんだろうなと思いつつ,やっぱり歩きにくい 。 ゆっくり登っていきます。
道々写真をとりながらですが,どうもピンぼけが多いです(手ぶれ)。写真を撮っているうちに畑宿につきました(11:15)
(つづく)
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