« 葛城みち (7)葛城山麓あぜ道 | トップページ | 葛城みち (9)変貌する竹内 »

2010年1月 1日 (金)

葛城みち (8)笛吹の山麓畦道


2009年11月7日(土)  櫛羅-平岡
--------------------------------------------------------------------------

【クジラ】
 櫛羅という地名が気になります。なぜクジラなの?調べてみると・・・
(1)弘法大師が、上流にある滝を天竺のクジラの滝に似ていることから供尸羅(くじら)滝と名づけ、それが地名の元になった。ただし、供尸という字は「供に屍」と書くので良くないと、領主の永井信濃守が「櫛」と改めた。
(2)葛城山から土砂崩れがたびたび発生したため「崩れ」が語源。
(3)「この地の在所を倶戸羅邑と申すも、天照皇大神の御霊日月のごとく奇異に現れ給ひしよりの名なりとされ、クシラとはクシヒトという転訓なり、御霊の2字もクシヒトと読めり・・・之当所をも霊異邑と申なれども、のち俗語してクシラ邑となると記されてい」(鴨山口神社由緒書)
http://www.d3.dion.ne.jp/~stan/txt0/n3kmy01.htm
(4)太古、このあたりは海でクジラが泳いでいた。(これはネタ)
P1110307  一番納得性のあるのは(1)ですかね。(2)は分からないでもないが、飛びすぎかと。(3)はよく分かりません。・・・ということで、はっきり分からず終いでした。
 それより、大和盆地が太古は湖や湿地だったというのは、どこまではっきりしているんですかね?万葉集や記紀の歌には海が詠まれているようですし、鴨山口神社の在所は櫛羅大湊というし、海石榴市に外国使節が上陸したとあるし、忍海、船路、船宿など、それらしい地名もあります。河内湖のような地図があってもよいと思っているんですが・・・

 さて道ですが、県道30号(山麓線)を歩いています(13:38)。あとでじっくり調べたら六地蔵のところからより山麓に農道があるようです。その道を赤で示しておきました。
P1110311  さすがに車道はすぐ飽きるので、小林から旧の村の中に入っていきました(13:42)。右手には誰も通っていそうにないだだっ広い道が新しくできていました。
 小林を通り過ぎると新興住宅地のような所に出て、川に沿って登っていけば笛吹きに行けそうな気もしましたが、新興住宅地ほど信用できない道はないので、橋を渡って、いったん県道にでることにします(13:47)。
P1110312  出たところに落ちていた看板でビックリ。1994年でしたか、よく残ってましたね。もうほとんど引退された。これは骨董品になると思いますって、ならないか(13:51)。


【葛城のゴミをどうする】
 笛吹神社への道を登っていきます。ここはもう葛城市です。この登りはダンプトラックがやたら通って静かな村もだいなしです。道端に停まっている乗用車もゾロ目のややこしそうなナンバーを付けています(13:57)。
P1110320 P1110324 P1110326  周囲の眺めは抜群なんですが、いたるところに看板が建っていて、「住民の迷惑になるのでゆっくり走ってください。○○土木」「○月○日、農家の屋根を引っかけた運転手は連絡してください。大変迷惑を被っています(誰が?)」と。
 後日、Google mapの航空写真を見てみると、ありました。この上にガラス処分センターがあります。看板は○○土木なので、別に残土処理場があるのかもしれません。周辺をみると、あるわあるわ、静かな農村の中に空き地(・・としか航空写真では分からない)。このGoogle map航空写真は数年前のものらしいので、今はもっと開発も進んでいるでしょう。
 産業活動に産廃は当然出ることは理解しますが、どうにかできませんかね。ボクは北河内の住人ですが、府境を越えて生駒市に入ると、残土処理場がバンバンあります。府境(市境)は古墳みたいに土砂が積まれています。ボクは奈良はちょっと酷い印象を持っています。海がない県は苦労しますな。

 汚物・産廃の処理は現代の最大の課題とさえいえます。何かの本で読みましたが、平城京が短命に終ったのも、怨霊信仰ということもありますが、急ピッチで都を作ったことで汚物処理という都市としての基本設計ができていなかったので、汚物たれ流し、山積で、やむなくまた遷都したとか。そこにいくと、江戸は家庭から出る汚物をお金を払って取りに来て、場合によれば取り合いで紛争さえ起こったくらいだったとか。このくらいのレベルの循環型社会システムをつくらないといけません。
 これは政治で解決すべく大きな問題です。例えば、仁徳天皇の堀江の開削、茨田堤の建設や中甚兵衛の大和川付け替えクラス、100年くらいのタームでしっかりとした都市計画を考えないといけません。遷都1300年で人が集まらないなどと言ってる場合ではないでしょう。
 セント君はどう考えるか?汚物は下水対策でなんとかするとして、また、リサイクルや廃棄物低減は当然進めるとして、残る産廃については企業任せではどうにもならない気がします。自治体の責任でなんとかせよ、といっても全部ひっかぶるのでなく、例えば、産廃復活コロニーのようなものをプロデュースする必要があるのではないか?そうそう、現代の古墳。ゴミを埋葬する巨大古墳のようなものを作るP1110328 必要があるのではないか。問題は場所ですが、山の中だとどうしても水源の問題や環境破壊が心配されます。美しいところですから。オマエの田舎に持ってきたらどうか?ボクは絶句しますが、いつかはそういうことも考えないといけない、そんな気がします。このお地蔵さんを慈しむ心の風景を産業として作っていくことが必要です。

【笛吹神社】
 さて気を取りなおして笛吹神社です(14:11)。
P1110330  変った鳥居があります。近畿自然歩道の道標がたっていて、道路が鳥居手前を南北に走っています。どうやら梅室の方へ誘導するようですが、そこに何かあるのか?ダンプがビュンビュン走る道は歩きたくありませんけど・・・
 鳥居の前に案内板がありました。やたら詳しく長いので拾い読みです。というより、公式サイトから拾いました。さらに、神社境内には大正2年の由緒がかかげてありました。
 笛吹神社は正式には葛木坐火雷神社といい、元は火雷大神を祀る火雷神社と笛吹連の祖神天香山命を祀る笛吹神社の二社が別々にあり、延喜式以前に合祀されたようです。「当社の先祖が崇神天皇の十年、建埴安彦を討って功あり、天皇より天磐笛を賞賜せられ笛吹連の名を命ぜられる」とあり、崇神天皇の時代以前からあったと主張しています。
 火雷大神は火の神様で、火を扱う職業(飲食業、製造業、工場)や消防関係の崇敬を集めています。さらに大正由緒では、宮中の大膳職菓餅所や伊勢神宮斎宮の菓餅所にて祀られている菓祖の神でもあるそうな。
 一方、天香山命は、代々この地に住んでた笛吹連の祖で、その御神徳から笛やフルート、尺八など、楽器演奏の上達を願う人々の崇敬が篤く、奉納演奏に見える方も多いそうです。たしかにいろいろ検索してると、奉納演奏したというサイトも結構あります。
 さて、これからややこしい。天香山命はまた、天火明命の子、尾張氏等の祖神とされ、紀州の熊野に住み、高倉下(たかくらじ)と名乗られました。物部氏等の祖神である宇摩志摩治命とは母神を異にする兄弟神ですね。
 記紀では神武東征の折、熊野の荒坂の津で女賊の毒気でダウンしますが、その時、高倉下が「ふつのみたま」の剣を磐余彦に届けたことで、軍が復活したという話があります。ということは、イワレヒコ軍の味方?後に帰順するにせよ、父または兄弟は敵になったのに?まあ、出所が違うのを無理やり一緒にしようとするのがおかしいとしておきましょう。
 それはともかく、大正由緒によれば、天香山命はアマテラスが岩屋に隠れたときに、竹で笛を作って吹いたこと、また金を堀り八咫鏡を鋳造して皇祖に奉ったとあります。鋳造の神様でもあったのです。
 火雷大神は結局、お菓子の神様につながり、天香山命は鋳造につながるとは、名前からすると逆のイメージのようでもあります。

P1110340
 清々しい石段を登って境内に入ると、なんと大砲が!?日露戦争の戦利品が奉納されたうんぬんとありましたが、違和感ありありです。なんでここに置くんでしょうか、さっぱり分かりません。
 拝殿はさらに石段を登っていき、まことに静かな佇まいでした。
P1110343 P1110353 P1110357




【山麓あぜ道】

P1110360 P1110361 P1110362  笛吹神社を後にし平岡に向かいます(14:21)。笛吹の集落もこの街道を中心に静かな村になっています。常夜燈、お地蔵さん、信行寺と固まって現れます(14:24)。落ち着いた道で、笛吹の中心になるところです。
P1110366 P1110370 P1110374  途中折れ曲がってかなりの長い坂道があり、ここを登るんか?と思っていましたら、すぐに右折でホッとしました。
P1110375 P1110378 P1110379  平岡への道も農道のような所ですが、気持ちのよい道です。道端にはさりげなくお地蔵様。遠くには畝傍山。さらに平岡の極楽寺裏の道端にもかなりの数のお地蔵様。お花もきちんと供えられています(14:32)。
 今までの葛城古道メインルートと変らない美しさでした。
 平岡の集落を過ぎると広い道になり、すこし様相が変わってきます(14:34)。

【本日のマップ】


より大きな地図で 葛城みち を表示
(つづく)

|
|

« 葛城みち (7)葛城山麓あぜ道 | トップページ | 葛城みち (9)変貌する竹内 »

ウォーク」カテゴリの記事

カミ」カテゴリの記事

古代」カテゴリの記事

葛城みち」カテゴリの記事

街道をゆく」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/105126/47174838

この記事へのトラックバック一覧です: 葛城みち (8)笛吹の山麓畦道:

« 葛城みち (7)葛城山麓あぜ道 | トップページ | 葛城みち (9)変貌する竹内 »