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2009年5月25日 (月)

細切れ道草・東高野街道(4) 大竹-史跡の道

                       2009年4月 5日 その2


 20分少しあるくと八尾市にはいりました。さすがに車道歩きはいやになってきたので,例によって路地というよりわき道に入ります。周囲は市街地はぬけて田畑が広がっています。ちょうど花の満開になる季節で,気分よく歩けます。

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より大きな地図で 東高野街道3 を表示

【心合寺山古墳】
 図った訳ではないですが,古墳に出合いました。心合寺山 (しおんじやま)古墳。よく整備された大きな古墳です。これはすばらしい。

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案内マップではこの奥も古墳だらけ(大竹古墳群) でハイキングコースとなっているようです。始めにマップを仕入れておけばよかった。

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 ここには古墳学習館(※)というのがあって,展示があるようです。どこかの団体さんが入っていたので入館はパス。200円いるようでした。ここは展示のほか,いろん な体験もできるようです。例えば,
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なまえ      所要時間      料 金      内    容
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勾玉作り     50~90分     300円     滑石を紙やすりで削って勾玉を作ります。
土笛作り     30~60分     300円     粘土を丸めて、中を削って笛を作ります。
発掘体験    15~30分     400円     土のブロックを削って、中に埋まっている
                                                      遺物を掘り出します。
その他,ガラス玉アクセサリー
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※:http://racco-taiken.com/sionji/

 

サイトを 見てみると,特定非営利活動法人・歴史体験サポートセンター楽古(らっこ)というNPOが運営しているそうです。これまで多くの学習館のような公共施設 は、自治体など公の団体が運営してきましたが,指定管理者制度がはじまり、そういった施設でも民間のNPO団体が運営に参加できるようになったのです。 
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 古墳データ
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史跡指定      昭和41年2月25日
所在地         八尾市大竹4、5丁目
かたち          前方後円墳
大きさ          全長約160m
時代            およそ1600年前(5世紀はじめ)
指定面積     約30,000㎡
埋葬施設     後円部…粘土槨3基
前方部…     木棺1基
出土品         き鳳鏡、甲冑、大刀、鉄剣、玉類、円筒埴輪、朝顔形埴輪、形象埴輪(家、
       盾、鶏など),水の祭祀を表した埴輪
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 古墳というのは単なるお墓と思っていたら,祭祀の場所でもあるんですね。この古墳からは「造り出し」という施設?があって,お堀の水汲み場にようなところの横のテラスがそうだそうです。

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Kubire

ここへは前方/後円 の境界の谷のようなものが通じていて,そのあたりから祭殿のような「水の祭祀を表した埴輪 」が出土したそうです。またこの境界部は,古墳作りの時,合わせ目が設計通りい かなかったようで,エイヤ!と境界を合わせたように谷筋に折れ目があるようです。
 前方部はメインとなる施設・後円部に導くエントランスらしいです。ここから後円部を眺めてみるとなるほどと思えます。

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前方部の石組の直線はピラミッドを思わせますね。平成17年の復元造営で真新しいとはいえ,この姿は見るものにとって,葬られているこの地の王(と思っている)の偉大さを思わせます。 当時の民は ,とても古墳には登れなかったと思いますが,我々は登れる。実際登ってみると周囲の景色とともに,この古墳の(そして,王の)偉大さ,また美しさがよくわかりました。

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Zenpou

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 桜満開です。せっかくだから接写。あれれ??,マクロモードになっていました,というこよは今までの写真は全部?マクロモードでもこのカメラ,どうもぼやけた写真が多いです(と,カメ ラのせいにしておく)

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 ボランティアの方が車いすの老人グループの世話をして,見学にきてました。先程,学習館に入っていたグループなのか?お天気もほどよく,のんびりと見学を楽しんでおられました。

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【史跡の道】

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 八尾市が道標を整備,これはなかなかの労作です。その姿勢はなかなかすばらしいと思います。さっきのマップをみると東大阪のほうから史跡の道はずっと続いているようです。

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 この道もなかなか気持のよい道です。けっして今風のキレイさはない,周囲も崩れがあったり,空き地が荒れていたり,家並みも多少くたびれたところもあるんですが,なんとなくこなれていて,落ちついている,ゆった りとした生活の落ち着きが感じられます。これは一つの価値をかもし出していると思い ます。

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 生駒山西麓は、弥生遺跡や古墳群があります。弥生人たちや古墳時代の人たちは、河内湖を横切って、生駒山や高安山の麓に上陸し,あるいは行き来していたんでしょう。大正11年に調査した結果では古墳が540基あったと記されているそうです。

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 すぐ山手には愛宕塚古墳もあるようですが,パスしました。 6世紀あたりには,八尾や東大阪は古代豪族物部氏の居住地であり、愛宕塚古墳は、物部氏にゆかりの一族の墓ではないかという説もあるようです。

【いちびり】

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 わき道から戻ると(まだ街道からは脇道なんですが・・・)八尾市の歴史民俗資料館(※)があったので,タバコ休憩がてらに寄ってみまし た。喫煙場所の横には「力石」とうって,村 の 力自慢がこれを持ち上げてその力を競ったといいます。このあたり各所に残っているようです。

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 さて,資料館ですが,常設展として,大和川流域と高安山 -その歴史と文化-,掘り起こされた八尾の歴史,大和川付け替えと河内木綿 があって貴重な歴史資料が展示されていま す。
 また,学校むけに綿の栽培キットや高Workbook安古墳群のワークシートも配布していました。綿の栽培,やって みたい。
※:http://www.kawachi.zaq.ne.jp/dpgwg309/

 資料室に入ったところには,誰の 展示か忘れたんですが,なぜか,「いちびり」の意味が解説してありました。「いちびり」とは,河内言葉で,普通,調子に乗るヤツ、ふざけてはしゃぐヤツ, できもしないのに、りきんでする,などと,マジメなまともな?人間から,はしゃぐヤツをちょっと小馬鹿にしたようなニュアンスで使われると思います。

ウィキペディアの用例では
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「お前はほんまに‘いちびり’やな」:君は本当にお調子者だね
「いちびり癖があんねん」:調子に乗りやすい性格である/おだてられるとついつい調子に乗る癖がある)
「いちびってんと、ちゃんとせえよ」:ふざけて調子に乗っていないでちゃんとしろ
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こんな感じ。
 しかし,ウィキペディアでは,「目立ってなんぼ(目立ってこそ価値Panfがある)」のように、目立ちたがり屋やお調子者、あるいは人と違った工夫で目立つ者に対して大らかであり、むしろその意欲やふるまいを活力として歓迎する気風がある。とわざわざ解説をしてくれています。その用例として,

* 「あの人はなかなかの‘いちびり’やで」 (あの人はなかなか‘人と違う工夫ができる人’だよ)

おもしろがって,さらに検索していると,「大西 宏のマーケティング・エッセンス」※2というブログがあって,そこには「目先のお金儲けではなく、世間の常識と違う新しいこころみをする人だ」という,積極的な見解がのっていました。
 ここの資料館の解説はもっと端的,ずばり「リーダーシップの取 れる人」。これはすごい解説です。関西は、何もお笑い系でなく,「いちびり」な人たちで新しい面白いアイデアを生みだし,世の中を変えていく活力があった ように思います。この「いちびり」という行動(思考?)パターンは,これからの世の中で,非常に大切だと思います。これが今,大阪でも欠けているのでは。 安堂編の前フリとしてあえて載せておきました。
※2:http://ohnishi.livedoor.biz/archives/6200385.html

【安中新田分間絵図】
  たまたまですが,特別展(速報展)として,安中新田分間絵図の初公開をしていたので,見学してきました。巨大!精細!というのが正直な感想です。結構大き な研修室一杯に拡げてあり,まずそれにビックリ。大体5m×6.4mくらいあるようです。巻き物を張り合わせたか,と思いましたが解説の方(ボランティア か)によるとA4サイズよりちょっと大きめの和紙を張り合わせてあるようです。実物の約300分の1ということで詳細です。
 いただいた資料によると,1704年(宝永元年),大和川付け替え工事によって八尾にも新田が開発され,その大きさは甲子園球場12コ分に相当するといいます。これにより検地が行われ,税金(税米)が決定されたとの ことです。
 この絵図から,安中新田は,安福寺新田,老原新田,慈願 寺新田,瓜破新田の4つからなり,それぞれ違う出資者(地元の寺院や村の有力者)がJVを作って開発していたそうです。御上の方針に従ったというだけでなく地域のチャレンジ精神あふれる大事業であったということでした。今日明日2日間だけの公開で,PM1時から学芸員の方の解説もあるようでしたが,心引かれながら,先があるので退散しました。

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(つづく)


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