細切れ道草・東高野街道(6) 富田林寺内町再訪
2009年4月 30日 その1
例によって朝のスタートが出遅れたのと,電車乗り継ぎで時間を取られ,富田林についたのが10時前でした。しかし無性にコーヒーが飲みたくなり駅前で探しますと,やっとシブイ喫茶店を見つけました。パチンコ屋さんの横でパチンコ客が目当てのようです。結構年配のおじさんが一人でやっていました。ここでゆっくり。朝はやっぱりコーヒーで始まらないと・・・
さて,富田林は2回めですが,通過するのはもったいないので寺内町を散策してからにしました。といっても,これといったねらいがある訳でなく単にブラブラするということです。そうそう,ねらいと言えば,昔,T先輩の家に寄せてもらったことがあって,どのあたりかが分かれば・・・というのが1つのねらいではあります。その日は確か,紀見峠から葛城山脈を縦走して金剛山経由で御所へ抜けた記憶があるんですが,あやふやです。その時の地図
(まだ白黒5万分の一)も残してあるんですが,コースも書いてなくて,全然違うところにメモがある。一徳坊から岩湧山を通り,紀見峠にいったコースを書いているが,うそやろ?そこは計画はしたが行ってない。そのあたりの記憶が呼び戻されればとも思います。
さてさて,寺内町ですが,歩くのはブラブラと無目的ではありますが,少しテーマらしきものを仕立てて,写真中心でまとめていきたいと思います。 じないまち交流館でいただいたマップを載せておきます。
【坂】
寺内町は宗教自治都市なので計画的に町割をし,防衛のため土塁(土居)の整備がして
あります。町割りは,富田林御坊を中心に,七筋八町の碁盤目状に整備してあります,南北の通りが「筋」,東西の通りが「町」となっています。最初から調べ
て行ったら,味わい深い探索ができるというのに,あとから調べてもねえ。
筋は東から,東筋,亀が坂筋,之門筋,富筋,市場筋,西筋の6つ,町は北から,一里山町,富山町,北会所町,南会所町,堺町,御坊町,西林町,東林町の八町です。なるほど,分かりやすい。
町の外廓には土塁(土居)を廻らせ,その外に竹を植え,四門(木戸)を設けて朝夕に開閉したといいます。いうまでもなく,平和なあきない,生活を保護するためです。
1.このお城のような石垣は,寺内町の西口付近に残る土居跡のもので,家は幕末の庄屋・仲村長右衛門の旧宅跡,後の富田林郡役所跡らしい
です。相当な高さがあります。西方寺のすぐ北側です。
2.四つの門とは山中田坂(千早街道方面),向田坂(東高野街道),西口(平尾方面),一里山口(東高野街道)に設けられていました。写真は向田坂です。ここを降りて石川の河川敷との境界には竹林があり ,というより,わざわざ作られたようで,びっしり竹が生えていました。なるほど,ここを通る気力はでてきませんね。ここからみると寺内町の高さは写真の家と同じ高さになります。石川の河岸段丘を利用した防衛の崖です。当然ながら洪水被害を防ぐいみもあったでしょう。(この家は寺内町 域からは外れます)
写っている川は今は排水のためと思いますが,当時はこれも防衛線に利用したと思います(多分)。
【あてまげ】
戦国時代の自治・自衛都市の痕跡は今に残る「あて曲げ」にも見られます。あて曲げは,当時の城下町にもあるように,直交する2つの道路をわずかにずらすことで,まっすぐ見通せない構造になっています。
写真は城之門筋/御坊町,城之門筋/西林町,市場筋/一里山町
【寺院】
寺内町の中心となったのは興正寺別院(富田林御坊)です。地元の人からは「御坊さん」として親しまれているようです。鐘
楼はともかく,鼓楼はお城のようですね。見張り櫓で何かあると太鼓をたたいたんだろうか?
ちなみに,ここの窓は花頭窓(かとうまど)というようです
。たしかにチューリップを逆さにしたような・・・
【窓】
窓といえば,「むしこ窓」。商家の中二階(厨子二階)は通風と明かりとりのために設けられたのが虫籠 (むしこ)窓で,その形状は建築時期によって異なるということです。これをみると建築年代がおおよそ分かるのだとか。
丸形(江戸中期)→横長丸形(江戸後期)→長方形(明治)→軒高・長方形(大正)ということですが,これをねらって見てあるくのも面白いかと・・・
その他,最後の1枚には寺内町以外の民家の窓も載せておきました。
【蔵】
しっくいの白と焼杉のコントラストが美しいです。しかし,わざわざ墨を入れた壁や黄土色の壁も捨てがたいのでは。木の板という のは新しいにせよ,古いにせよ,年代に応じた味というものを持っています。こんなことは街道歩きをしない
と分からないことでした。
写真がイマイチなのが玉にキズ。
【民家】
1.写真が暗いですが,なかなかシブイので
は。2種類のむしこ窓に軒下に見えるのは駒繋ぎ石でしょうか?
2.斜めになった木の柵は「犬矢来」というそうです。うだつ も上がっています。
3.一里山町,ツタのからまる喫茶店。(とは知り ませんでした)
4.これは見事な緑青ふきの壁。むかし,緑青デザインの意匠コーティング材を作ったことがあるんですが,もっと青かった。実物を見てから作れっちゅうに。
睨んでおられるのは鍾馗様。寺内町の城之門筋を挟ん で,それぞれ向かい合う杉田家住宅と田守家住宅, 渋谷家住宅と小田家住宅には,魔除けの鐘馗様が,それぞれ相手側の鬼瓦に向かって置かれています。これは渋谷家の鐘馗様です。
【道】
城之門筋(延長約400メートル)は,昭和61年,1986年に,8月10日の「道の日」を記念した「日本の道百選」に選ばれています。
寺内町のなかの東高野街道については次回とします。
そうそうT先輩の家も確認できましたが,全然記憶が蘇りませんでした。家も新しくなっていたようですし。
(つづく)
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