茨木街道をあるく 道草編 (2) 淀川堤防を三島江へ
2013年9月3日
街道から離れて、淀川堤防を歩き、三島江に向かいます。
■芥川合流点
番田の堤防から河川敷を見ています。向うの堤防が芥川右岸の堤防で、そのまま淀川右岸の堤防になります。河川敷にはちゃんと道があります。
■秋の花咲く河川敷
これ以上寄れません。キクイモか?
クズ
よく見る花ですが、名前を知りません。
芥川を渡ります。緊急用河川敷道路となっていました。
堤防に上がりました。見晴らしはいいです。
ここ広々としていいですね。淀川河川事務所でも、その活用において「芥川ケーススタディ地区」の番田野草地区としての構想をしています。
○芥川との合流点という特徴を活かした河川環境の保全・再生の取り組み(河川の横断形状の修復によるヨシ原やワンド・タマリがあるような冠水帯の復元、芥川との連続性の確保など)を進める。
となっています。http://www.yodogawa.kkr.mlit.go.jp/activity/comit/plan/kouen/files/15_shiryo2.pdf
どこまで具体的なものか分かりませんが、もう少し入りやすくしていただくとありがたい。特にこの地は、昔、川港があって舟運の歴史などこの地区ならではの特色もあるので大切な場所だと思います。願わくば、あまり人工くささのないものを。
■淀川堤防をゆく
河川敷はもう森です。ニセアカシアだと思いますが、近くに行かないと。
堤防の外側には、築堤・修堤記念碑がありました。
慶応4年(明治元年)の水害、明治18年の水害を契機とした築堤・修堤の記念碑です。
松林が見えてきました。あれが三島鴨神社のようです。
■三島江
三島江は渡し場であると同時に河港であり、茨木、冨田の外港として物資の運搬と人の往来で賑わいました。
三島江は巡礼の道でもありました。ここから馬街道で茨木の馬場へ、そこからは茨木街道、道祖本街道経由で、箕面、さらに能勢妙見さんへ至ります。馬街道の途中から富田街道で北へ行けば、総持寺へは至近距離。途中から芥川を遡って神峰山寺へ。また、高槻の山の中で丹波街道に接続して亀岡へ行ける。渡しで淀川を渡れば出口につき、京街道につながります。絶好のロケーションです。
灯篭には 能 勢 と彫ってありました。
三島江は枚方、楠葉とともに、河内、大坂と北摂をつなぐ重要な港、兼渡し場だったことが分かります。
万葉の古には、葦や菰の生い茂る清楚な自然を表現する歌枕であったようですが、現在では、レンゲ、菜の花が名物になっています。
菜の花:http://hananomeisyo.sakura.ne.jp/misimae-nanohana.htm
レンゲ:http://sano567.la.coocan.jp/rengenosato/index.htm
http://takatsuki.osakazine.net/e488007.html
しかし、あの河川敷の手つかずの自然こそ万葉の歌枕に匹敵する自然だと思います。
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